第61巻 第4号

経済地理学年報 Vol.61 No.4

■大会報告論文

 大都市圏政策における沿岸域の位置と機能―大阪湾沿岸域を対象として―
 …… 秋山 道雄  1(271)

 尼崎市における工業用地と住工混在地の変化に関する定量分析―2001年から2008年にかけての変化を中心として―
 …… 井上 智之  21(291)

 大都市圏における臨海部立地に関する政策の歴史と課題
 …… 根岸 裕孝  21(310)

■大会記事

 [大会シンポジウム]産業構造の転換と臨海部の再編
 …… 大会実行委員会 55(325)

 [ラウンドテーブル]産業観光を楽しむ
 …… 小松原 尚・桜井靖久 68(338)

 [フロンティアセッション]
 …… 遠藤貴美子・岡部遊志 74(344)

 [大会エクスカーション報告]産業構造の転換と臨海部の再編
 …… 長尾謙吉・藤川昇悟・井上智之・桜井靖久 79(349)

■フォーラム 第6回日韓経済地理学会議,東アジアにおける産業集積とその政策の比較

 産業集積の政策と地域の計画―クラスター政策をめぐる日韓比較を中心に―
 …… 車 相龍  80(350)

 韓国のクラスター政策についての考察―亀尾ITクラスターの事例を中心に―
 …… 李 哲雨・李 宗鎬  89(359)

 条件不利地域における製造業集積の変容とそれを促進する政策に関する試論
 …… 藤田 和史  100(370)

 産業後進地域における産業集積形成と課題
 …… 李 慶眞  108(378)

 クラスター政策の評価について
 …… 山﨑 朗  119(389)

■書評

 林 上著(2015):『都市サービス空間の地理学』
 …… 日野 正輝  128(398)

 富田和暁著(2015):『大都市都心地区の変容とマンション立地』
 …… 石川 雄一  130(400)

 法政大学比較経済研究所・近藤章夫編(2015):『都市空間と産業集積の経済地理分析』
 …… 合田 昭二  132(402)

 根岸裕孝著(2014):『中小企業と地域づくり 社会経済構造転換のなかで』
 …… 伊東 維年  136(406)

■学会記事  …… 136(406)

 

要旨

大都市圏政策における沿岸域の位置と機能―大阪湾沿岸域を対象として―

 …… 秋山 道雄

 大阪湾沿岸域は,空間経済的な事象と環境経済的な事象の交差が際立つ場所である.本稿では,大阪湾沿岸域を対象と
し,生態系保全をベースにすえて沿岸域利用のあり方を考察した.大阪湾沿岸域は,近代に入って大型工場が立地し始
め,第 1 次世界大戦と第 2 次世界大戦の戦間期には阪神工業地帯が形成された.以後,近年に至るまで日本の代表的な産
業集積地として知られている.こうした対象に対して,本稿では空間経済的な事象と環境経済的な事象を統合する枠組み
を設定し,対象にアプローチした.
 沿岸域の環境保全を考察する枠組みは約40年ほど前に立ち上がったが,近年,その思考を現実のデータで実証し,かつ
環境の潜在的な機能を発見していく手がかりを提供するような研究成果が登場している.本稿では,こうした新たな方法
を用いて沿岸域の生態系サービスと包活的「富」を評価することの意義を大阪湾沿岸域の現状に照らして検討した.大阪
湾沿岸域で展開する事象には,本稿の課題に対応するものが見え始めているが,広域圏を対象とする地域政策によってそ
の達成効果が高まることを示した.

キーワード 空間経済,環境経済,地域政策,包括的「富」,沿岸のレジリエンス


尼崎市における工業用地と住工混在地の変化に関する定量分析―2001年から2008年にかけての変化を中心として―

 …… 井上 智之

 兵庫県尼崎市は,阪神工業地帯の中核的な役割を担うことで,わが国の発展に貢献してきた.しかし,近年,尼崎市の
製造業事業所数は減少傾向が続いており,その一方で,住宅戸数は増加傾向にあるため,住工混在問題の深刻化が懸念さ
れる.これまで,自治体全域という比較的広い空間的単位で,土地利用の動向から住工混在地がどのように変化してきた
のかについては,必ずしも明らかにされてこなかった.
 本稿の目的は,土地利用の動向に着目して,尼崎市における2001年以降の工業用地と住工混在地の変化を定量的かつ
空間的に明らかにすることにある.分析の結果,以下の点が明らかとなった.
 第一に,工業用地は減少傾向にあり,地域的にみると,臨海部では物流施設への転換が進み,内陸部では住宅地や小売
店舗への転換が進んでいる.第二に,住宅に隣接する工業用地(住工混在地)の面積は横ばいで推移している.詳しくみ
ると,住工混在地が消滅した場所と発生したところが同程度存在しており,後者では,製造業事業所の操業環境と住環境
の双方への影響が懸念される.第三に,住宅に隣接する工業用地は,住宅に隣接していない工業用地と比較すると,他の
用途(とくに住宅)へ転換されやすい傾向にある.
 尼崎市では,製造業が基盤産業として重要な役割を果たしていることから,事業所の操業環境と住環境を改善・保全す
るためのさらなる取り組みが求められる.言うまでもなく,産業振興に向けた取り組みも忘れてはならない.

キーワード 尼崎市,土地利用変化,住工混在,地理情報システム(GIS),定量分析


大都市圏における臨海部立地に関する政策の歴史と課題

 …… 根岸 裕孝

 我が国の臨海部は,特に太平洋ベルト地帯を中心にエネルギー革命に伴う石油・鉄鉱石等の海外からの原材料輸入に適
した立地地点として注目された.政府も臨海部立地を進めるため基盤整備を図り,鉄鋼・石油化学等の基礎素材型工業が
数多く立地した.特に大都市部の臨海部は,大消費地にも近く基盤整備も早くから進み,日本の高度成長を立地の面から
支えた.一方で特に大都市部は過集積の弊害をもたらし,臨海部も同様に工業の立地制限が行われてきた.
 しかし,オイルショックを契機に産業構造は大きく転換し,臨海部には多くの未利用地が生じた.また急速なグローバ
ル化の進展のなかで,海外生産比率が上昇し,これまでの立地規制が工業集積の崩壊をもたらした.このため大都市部の
立地規制は,1990年代後半から政策の転換が図られた.これにより一部の臨海部工業地域には製造業の回帰もみられつ
つある.さらに,大都市部の臨海部は,近年の都市再生や国家戦略特区等の規制緩和を通じた成長政策と連動し,新たな
産業創造の拠点へと変貌しつつある.
 一方,こうした成長戦略に伴う規制緩和は,大都市と地方の格差の拡大につながり,そのあり方についてさらなる検討
が必要と思われる.

キーワード 産業立地政策,臨海部,大都市圏,規制緩和


産業集積の政策と地域の計画―クラスター政策をめぐる日韓比較を中心に―

 …… 車 相龍

 日本と韓国は圧縮された工業化による経済発展の経験を共有し, 近年では解体しつつある自国の産業社会を再構築せざ
るを得ない両国政府が新しい産業集積の政策的企画としてクラスター政策を打ち出した.本稿では,導入背景に見る問題
意識,政策概念が示す全体像と特徴,対象地域とガバナンスの3つの項目から日韓のクラスター政策を比較することでそ
の共通点と相違点を摘出し,それに連動する地域の計画への示唆を地域創成への含意に留意しながら議論した.そして,
両国の産業社会の脱構築には,イノベーションに向けた産業集積の政策と再生に向けた地域の計画の統合による新しい産
業地域の創成と,その根幹たる適切な土地利用のあり方が問われていることを論じた.

キーワード 産業集積の政策,地域の計画,産業社会の脱構築,クラスター政策,日韓比較


韓国のクラスター政策についての考察―亀尾ITクラスターの事例を中心に―

 …… 李 哲雨・李 宗鎬

 本研究は,韓国の代表的なIT産業クラスターである亀尾クラスターを事例として,クラスター政策の推進実態と成果
を分析し,それに基づいて韓国のクラスター政策を評価した.特に,政府が推進したさまざまなクラスター政策の中で中
核事業として推進した,ミニクラスター事業に焦点を置いた.分析の結果,亀尾ITクラスターのミニクラスター事業
は,局地的学習,社会資本の構築,イノベーションのための知識共有などが促進されたことが高く評価できる.さらに,
ミニクラスター事業の結果として自生的コミュニティが形成され,官の介入が排除された状態でも学習ネットワーク組織
が活性化された.しかし,政権交代によってクラスター事業が一貫性をもって推進されないという点が最大の問題点とし
て指摘される.

キーワード クラスター政策,亀尾ITクラスター,産業集積,産・学・官連携,ミニクラスター


条件不利地域における製造業集積の変容とそれを促進する政策に関する試論

 …… 藤田 和史

 本稿は,条件不利地域である長野県の伊那谷で増加してきた開発型中小企業を事例に地方の製造業集積の変容と,それ
を支える基盤について分析した.また,得られた知見から考え得る政策についても検討した.技術的基盤の形成は,技術
導入が重要な役割を担っていた.技術導入は主として先発の同業他社へ人員を派遣する形式で進められていた.先発企業
との関係性構築は,かつての親企業や商社が両者の関係を仲介していた.このような仲介役の存在が,開発型中小企業の
基盤を形成するのに必要な認知的距離を形成する役割を果たしている.このような仲介役を担う主体をどう増やし,生か
せるかが,地方における変容を促進しうる政策の基礎となるだろう.

キーワード 開発型中小企業,試作・開発,条件不利地域,伊那谷


産業後進地域における産業集積形成と課題

 …… 李 慶眞

 本研究は,韓国の産業後進地域における産業集積過程を分析し,産業後進地域の発展課題を提示することを目的として
和順と提川のバイオ産業のクラスター造成・形成過程の事例を分析し,次のような地域産業政策への知見が得られた.
①韓国国内事例を通じて新しい産業の地域定着過程と地域産業の事業転換過程を分析することが国内状況に合った地域発
展政策提示の土台になる.特にクラスター政策では,変化する地域内外の状況を考慮して地方政府が新しく政策を変化さ
せるオンゴウェア(制度的力量)形成及び強化が必要であり,発展のもう一つの基準になるべきである.中央政府はこう
した地方政府を支援する役目を負っている.②地域資源を利用した産業発展が地域水準の雇用創出と地域経済牽引に有効
であり,地域産業政策立案の際に最優先される.地域産業の育成と地域経済発展のためには,地域産業の価値連鎖/生産
ネットワークの細心なデザインが必要である.すなわち,地域内部資源と外部企業の需要と連携,価値連鎖の調整を通じ
る地域の位相が考慮されるべきである.③さらに,地域産業の役割究明に向けた韓国地域産業の戦略的結合類型分析及び
発展方案に関する体系的な研究,グローバル化過程でのGPN構築とGVC編入のための地域的次元の支援のための,地域
とグローバル生産ネットワーク連携あるいは地域生産ネットワークの拡大調整による地域経済の向上(upgrade)方法を導
出する研究が必要である.

キーワード 産業後進地域,産業集積過程,地域資源基盤産業


クラスター政策の評価について

 …… 山﨑 朗

 文部科学省の知的クラスター創成事業と都市エリア産官学連携推進事業は,民主党政権下の事業仕分けによって,2009年
に廃止された.経済産業省の産業クラスター計画は,予算申請をしないということで,「予算上」は廃止をよぎなくされた.
事業仕分けは,プロジェクトそのものの評価ではなく,①事業の重複,②国の事業としての適切性,③財団への事業委
託と財団への天下り,④国民への説明責任,という観点からの評価であり,科学技術(イノベーション)政策,産業政
策,地域政策,中小企業政策,大学改革という多面的な性格を有する「クラスター政策」を評価したものではない.
事業に投入された政策資源と成果との関係性を明らかにすることは,容易ではない.成果は,想定外のマクロ経済環境
に影響を受ける.事業の成果には,同時並行的に実施されている他の政策とのシナジー効果,相反効果,過去の政策の
「レガシー効果」も反映される.
 研究開発支援のようなイノベーション政策は,どの程度の時間軸のなかで,成果を把握・評価すべきなのか,という難
しい課題を内包している.
 研究開発プロジェクトに対して,厳密・厳格な中間評価や事後評価が求められるようになっている.だが,厳密・厳格
な評価は,イノベーションの促進という本来の目的に対して,マイナス要因となる可能性が高い.

キーワード 産業クラスター計画,知的クラスター創成事業,事業評価,イノベーション

Top