第60巻 第4号

経済地理学年報 Vol.60 No.4

■大会報告論文

 環境と資源 ― 主として金属鉱物資源,生物多様性を中心に ―
 …… 外川 健一  1(249)

 「エコ・ナマズ」にみる湿地の政治生態
 …… 池口 明子  16(264)

 環境にやさしい農業と「自然」な食品
 …… 高柳 長直  39(287)

 「自然」は自然なものか?― 近年のランニング・ブームに関する一考察 ―
 …… 福田 珠己  53(301)

■大会記事

 [大会シンポジウム] 経済地理学と自然
 …… 大会実行委員会  65(313)

 [ラウンドテーブル1 ] 認知(文化)資本主義と経済地理学
 …… 山本泰三・立見淳哉・原 真志・長尾謙吉  76(324)

 [ラウンドテーブル2 ] 新しい地域論に必要な論点をめぐって
 …… 中澤高志・山崎仁朗・富樫幸一  79(327)

 [フロンティアセッション] 久保倫子・久木元美琴・植村円香・林 琢也 …… 81(329)

 [大会エクスカーション報告] 木曽三川水郷地帯の自然と経済 大塚俊幸 …… 85(333)

■書評

 デビッドW.エジントン著,香川貴志・久保倫子共訳(2014):『よみがえる神戸 危機と復興契機の地理的不均衡』
 …… 堤   純  87(335)

 中澤高志著 (2014):『労働の経済地理学』
 ……  富樫 幸一  88(336)

■学会記事  …… 93(341)

■紙碑 上野 登先生の逝去を悼む  根岸 裕孝  … 103(351)

 

要旨

環境と資源 ― 主として金属鉱物資源,生物多様性を中心に ―

 …… 外川 健一

 経済地理学では古くから「資源論」と呼ばれる分野の蓄積がある.この分野では災害対策や水資源問題,エネルギー資源開発の議論を中心に,戦後の経済復興期から,エネルギー革命時,オイルショック時まで盛んに議論されてきた.しかし,現在こういった問題は,経済地理学の主流とはなっていない.

 本論文では「資源論」の中でもこれまであまり議論されていなかった鉱物由来の「金属鉱物資源」と,「遺伝資源」に関する経済地理学的考察を行った.いずれも資源原産地域の原住民と開発者との軋轢といった問題,新しい資源ナショナリズムの問題を抱えている.

 鉱物由来の「金属鉱物資源」について,かつてはジパングと呼ばれていたわが国では,多くの銅鉱山,亜鉛・鉛鉱山が閉山したが,リモートセンシング技術の向上とともに鹿児島の菱刈金山の開発等,高品位の金属鉱物資源の新規開発も進んでいる.また旧鉱山地域に立地した製錬施設は,もとより輸入鉱石を原材料として立地した製錬施設とネットワークを形成し,様々なベースメタルや付加価値の高いレアメタルを含む金属鉱物資源を市場に提供している.このような製錬施設のネットワークは,わが国の鉱山施設の立地慣性がもたらした大きな財産である.

 「遺伝資源」の方は,遺伝子組み換え技術の進展とともに世界のフードチェーンや,製薬産業に大きな影響を与えている.その一方で「生物多様性」問題がクローズアップされている.

キーワード 自然,金属鉱物資源,循環資源,遺伝資源,生物多様性


「エコ・ナマズ」にみる湿地の政治生態

 …… 池口 明子

 近年,環境持続性に配慮した有機食品の市場拡大に伴い,国境を越えたグローバルな有機食品流通が活発化しており,とりわけ生産コストが低い低緯度の南側生産地域から欧米・日本など北側市場への輸出が増加している.こうした有機食品のグローバル化のプロセスにおいてとくに重要な役割を果たすとされるのが,第三者機関認証による環境認証制度であり,環境持続的な生産プロセスを保証する「エコ・ラベル」である.本稿では,国際的な環境認証制度がいかに形成され,南側地域の食の生産や環境にどのような影響を及ぼすのかを考えるための枠組みを,ベトナム・メコンデルタのエコ・ナマズ生産と湿地環境を事例として検討した.グローバル価値連鎖の観点からみると国際環境認証は,質的価値の稀少性を作り出して利益を得るためのガバナンスの一形態であり,生産プロセスを管理する規格策定には環境NGOや科学者など,多様なアクターによる環境ガバナンスが組み込まれている.これらのアクター間の関係と,規格を作り出す知識の関係は,システムを効率化しようとする価値連鎖のガバナンスと,アクター・ネットワークの視点で考えることができる.環境変化と政治的プロセスの関係の分析枠組みである政治生態学にとって,この環境ガバナンスの概念は政治的プロセスの精緻化の点で意義がある.市場による環境ガバナンスの批判的な検討にとって,小規模農民の行動と多様性,およびそれらと生態系との関係性に着目し,その分析方法をさらに発展させることが重要である.

キーワード 環境認証制度,グローバル価値連鎖,環境ガバナンス,政治生態学,湿地,メコンデルタ,ベトナム


環境にやさしい農業と「自然」な食品
 …… 高柳 長直

 農業は自然環境との関係が強い産業であり,食品は生身の人間が摂取するものであるので「自然」的な要素が求められる商品である.本稿は「経済地理学と自然」に関して,農業・食品を対象として,論点を提示しようとするものである.

 環境保全型農業や有機農業とはいっても,自然環境に対して必ずしも万全ではない.環境負荷に関して空間スケールの視点でとらえることも重要である.また,環境は人間によって差別的に保護されている一方,農業分野における環境破壊が空間的に周辺化している.植物工場は自然環境の制約を克服しようとするものであるが,既存の農業を代替させるものではない.むしろ,特異な環境を人工的に構築することで,新たな商品開発が可能となっている.植物工場の立地原理は農業立地論とは大きく異なり,産地概念の再考を迫るものである.食品消費の面では,「自然」的な要素の価値が高まっている.都市化の進展によって,「自然」は記号化されたとも言える.ただし,何が「自然」的なものなのかというのは,国や地域によって大きく異なる可能性がある.

キーワード 自然,有機農業,環境保全,植物工場,品質,商品化


「自然」は自然なものか?― 近年のランニング・ブームに関する一考察 ―
 …… 福田 珠己

 自然は自然なものなのか―これは,近年,ゆるやかなまとまりをもって展開している自然の地理学における主要課題の1つである.例えば,Noel Castreeは著書Making Sense of Natureで同様の視角から,自然とは何か,問いを投げかける.ここで問われているのは,「そこにある自然」がいかなるものであるのかということではなく,私たちが「自然」と称しているものは,いかにして自然となったのかということである.つまり,「自然」というカテゴリーを問うことは,私たちは様々な社会的経済的政治的諸関係のなかで世界を理解しているのか,そのやり方を問うことなのである.本稿では,同様の関心をもち,日本における近年のランニング―特に市民によるランニング―をとりまく状況を自然と身体という視点から分析する.また,ランニング・ブームのもとで自然の地理の生産に関わる表象のポリティクスを問うていく.

 今日,日本は,いわばランニング・ブームといえるような状況にある.例えば,ブームをけん引したと考えられている東京マラソンには,2014年の大会に定員の10倍を超える30万人余りからエントリーがあった.しかしながら,走る人間の数だけでは,「ブーム」ということはできない.むしろ,ランニングを取り巻く様々なメディアや商品,さらには,地域振興と結びついたランニング大会の開催など,スポーツそのものの枠を超えて社会的な大きなうねりとなっていることが重要なのである.市民スポーツとしてのランニングは,より広い社会的文脈のなかで考察されなければならないのである.本稿では,近年の特徴である増加する女性ランナーに注目し,女性総合誌―ファッションから,健康,美容,旅,文化,芸能などの内容をカバーする―の分析を通して,走るという女性の経験について考察する.その結果,女性ランナーやその身体はどのように表象されているのか,また,自然的なるものとどのように関係づけられているのか,明らかになろう.さらに,ランニングに関する雑誌記事が,関連商品やサービスの広告同様,自然や美の言説の生産に関与していることに注目する.

キーワード ランニング,自然,身体,女性,文化地理学

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