第59巻 第3号
経済地理学年報 Vol.59 No.3
■ 論説
グローバル競争下における造船業の立地調整と産業集積 ─愛媛県今治市を中心として─
…… 内波 聖弥 1(269)
■ 研究ノート
地場産業の産地維持とブランド化 ─愛媛県今治タオル産地を事例として
…… 塚本 僚平 23(291)
1990 年代以降の豪州における肉用牛・牛肉生産の立地変動 ─日本の牛肉輸入自由化に絡めて─
…… 川久保 篤志 42(310)
東京都心湾岸再開発地におけるホワイトカラー共働き世帯の保育サービス選択 ─江東区豊洲地区を事例として─
…… 久木元 美琴・小泉 諒 60(328)
■ フォーラム
2012 年度佐世保地域大会報告 ─平成の大合併とその効果の検証─
…… 佐世保地域大会実行委員会 76(344)
■ 書評
中藤康俊・松原 宏 編著(2012):『現代日本の資源問題』
…… 山田 晴通 82(350)
■ 学会記事
…… 85(353)
要旨
グローバル競争下における造船業の立地調整と産業集積 ─愛媛県今治市を中心として─
…… 内波 聖弥
造船業では,競争環境の変化に合わせて立地調整が行われ,生産拠点と地域経済の関係も変容してきた.本研究は,①1990年代以降の造船業の立地調整がどのように行われたかを明らかにすること,②舶用工業の立地変化を分析すること,③集積の優位性という新たな観点から造船業集積地域の特性を示すことを目的とする.
大手企業は大都市圏と瀬戸内地域で脱造船化を進め,主要工場に生産拠点を集約したのに対して,瀬戸内地域の中小企業は当該地域の生産を拡大させた.その結果,造船業の中心が大手企業から中小企業へ,大都市圏から瀬戸内地域へと移った.
造船業の立地調整に連動して,サプライヤーシステムである舶用工業の中心も大都市圏から瀬戸内地域へと移った.しかし,阪神の舶用工業は海上輸送される主機を製造する企業が多く,依然として阪神に残存している.
愛媛県今治市には瀬戸内地域の中小造船企業の本社機能が集中し,さらに陸上輸送される製品を製造する中小舶用メーカーや個人経営船主,商社などで構成される独自の複合的集積を形成し,集積内部の各主体は人的関係で強固に結合している.集積内部には,「無尽の会」という利害調整を行う独特な組織が存在する.無尽の会によって,今治市の造船業集積内の相互依存的で水平的な企業間関係が維持されている.さらに,他地域では得られないインフォーマルな情報へのアクセスも確保されていることが今治の地域的優位性につながっている.
キーワード 造船業,立地調整,産業集積,中小企業,今治市
地場産業の産地維持とブランド化 ─愛媛県今治タオル産地を事例として
…… 塚本 僚平
近年,消費の多様化や本物志向の進展が指摘されるなか,産地ブランドや地域ブランドへの注目が高まっている.一部の地場産業でも,産地の維持・発展の方策として,産地ブランドの構築が図られている.本稿では,2000年代以降,産地ブランドの構築に積極的に取り組んできた愛媛県の今治タオル産地をとりあげ,ブランドの構築が市場における優位性の獲得に繋がるか否か,ブランドの存在が産地維持要因の一つとなり得るかどうかについて検討した.
今治タオル産地におけるブランド構築事業は,従来の問屋依存的で,有名ブランド品のOEM生産を軸とした企業体制からの脱却を意図したものであったが,産地の認知度の高まりを見る限り,当該事業は一定の成果を上げたといえる.また,問屋への依存度の低下や流通経路の拡大・多様化,リピーターの獲得といった現象も生じた.なお,今治産地では1980年代から海外生産や国内での一貫生産化,分業関係の見直し,外国人技能実習制度の利用といった生産面における戦略も展開された.それにより,分業構造に大幅な変化が生じていたが,これらの戦略は,製品の高品質化やコスト低減といった点でブランド構築事業との関連性を有していた.ただし,一部の企業では企業戦略と産地ブランドの特性が相容れないケースもあり,産地ブランドが全ての企業にとっての立地継続要因にはなり得ていないことも明らかになった.
キーワード 産地ブランド,生産・流通構造,産地維持要因,タオル製造業,今治
1990 年代以降の豪州における肉用牛・牛肉生産の立地変動 ─日本の牛肉輸入自由化に絡めて─
…… 川久保 篤志
経済のグローバル化に伴い農産物貿易が一層拡大・多様化している現在,世界有数の農産物輸入国である日本は,これまでどのような政治経済的な役割を果たし,また,輸入相手国にどのような影響を及ぼしてきたのか.本稿では,このような観点から1991年の輸入自由化を契機に急増した豪州からの牛肉輸入を取り上げ,豪州における肉用牛・牛肉生産の立地変動を分析した.その結果,以下のことが明らかになった.
まず,対日輸出の増加は減退基調にあった豪州の肉用牛・牛肉生産を回復させると同時に,日本市場を意識した穀物肥育牛肉の生産を本格化させ,そのためのフィードロット(FL)の建設が相次いだ.また,穀物肥育牛肉の生産増は,飼料穀物の増産や霜降り肉の生産に適した肉用牛品種の開発を促し,それは穀物生産や温帯種肉用牛の飼養に適した気候下にあるNSW州,中でも内陸部での生産力の拡大につながった.
しかし,1990年代後半に入ると日本の牛肉需要は停滞かつ低価格指向を強めたため,牧草肥育牛肉の輸入が増加した.そこで豪州では,穀物肥育牛肉の代替市場として韓国や豪州国内市場が注目されるようになった.しかし,非日本市場で求められたのは霜降り度よりは柔らかさを重視した短期肥育の牛肉であったため,FLは増体効率のよい熱帯種肉用牛も多いQLD州南東部に集中するようになった.また,この時期には米国への牧草肥育牛肉の輸出が回復し,QLDの放牧牛の需要が高まったため,食肉加工場も輸出港であるブリズベンへの近接性と相まってQLD南東部に集中するようになった.
このように,日本の輸入が豪州に及ぼした影響は1990年代後半以降には急速に減退したが,それまでに浸透したFL経営のノウハウや肉用牛品種の開発などは,豪州が多様なニーズに応えられる牛肉輸出国になる契機になったし,穀物肥育牛肉がプレミアムメニューとして豪州国内でも消費されるようになったことは,対日輸出増がもたらした遺産といえよう.
キーワード 牛肉輸入自由化,対日輸出,肉用牛・牛肉生産,立地変動,豪州
東京都心湾岸再開発地におけるホワイトカラー共働き世帯の保育サービス選択 ─江東区豊洲地区を事例として─
…… 久木元 美琴・小泉 諒
本研究は,東京都心湾岸再開発地の事例として江東区豊洲地区を取り上げ,ホワイトカラー共働き子育て世帯の保育選択の実態を,保育所利用者へのアンケート調査と聞き取り調査から明らかにしたものである.本調査対象の子育て世帯は,夫婦共に正規職ホワイトカラーが多く,職住近接を実現している一方で,就業時間や送迎行動については世帯内の性別役割分業が維持されている.また,通勤利便性や保育所入所可能性を含む保育環境を期待して入居した世帯があるものの,認可保育所の不足から回答世帯の過半数が待機期間を経験している.都心周辺部の豊富な民間保育サービスの供給を背景として待機期間における民間保育の利用率が高く,民間保育サービスの利用と早期復職によって認可保育所の入所可能性を高めようとする等の実態が明らかとなった.
キーワード 共働き世帯,ホワイトカラー,待機児童,保育の規制緩和,東京都心湾岸部
2012 年度佐世保地域大会報告 ─平成の大合併とその効果の検証─
…… 佐世保地域大会実行委員会
2012年度の地域大会は「平成の大合併とその効果の検証」をテーマとし,10月13日(土),14日(日)の両日,長崎県立大学佐世保校を会場として開催された.
13日(土)のシンポジウムではテーマに則り,今回の大合併の検証を多角的にすべく,行政,地元の事業者,それに研究者それぞれの立場からの6名のパネラーからの報告をもとに議論を深めた.シンポジウムには45名の参加を得,そののちに九十九島観光ホテルにて懇親会をとり行った.
翌14日(日)の巡検では,波佐見町の陶芸,佐世保重工業,佐世保港の港湾機能拡張事業,それに佐世保市内の三ヶ町商店街の再開発事業をめぐり,佐世保地区の地域経済の多様な実情に触れた.巡検の参加者は25名であった.
キーワード 平成の大合併,長崎県,都市計画マスタープラン,周辺核