第59巻 第2号
経済地理学年報 Vol.59 No.2
■ 論説
十勝平野における農家間ネットワークからみた大規模畑作の動態
…… 吉田 国光 1(197)
■ 研究ノート
過疎地域の就業者変化にみられる格差の要因分析 ─シフトシェア分析における地域特殊効果に着目して─
…… 井上 希 20(216)
電子部品企業の立地と空間的分業 ─独立系企業の事例を通じて─
…… 徳丸 義也 33(229)
■ フォーラム
第4回日韓経済地理学シンポジウム ─日韓の地域発展の新たな地平─
…… 日韓経済地理学シンポジウム実行委員会 49(245)
『役に立つ地理学』富樫書評に応えて
…… 伊藤修一・有馬貴之・駒木伸比古・林 琢也・鈴木晃志郎 54(250)
■ 書評
横山 智・荒木一視・松本 淳編著(2012):『モンスーンアジアのフードと風土』
…… 須山 聡 57(253)
■ 学会記事
…… 62(258)
要旨
十勝平野における農家間ネットワークからみた大規模畑作の動態
…… 吉田 国光
本稿の目的は,十勝平野音更町を事例に各農家の農業経営,とくに共同作業や出荷・取引形態が農家間のどのような関係性のもとに展開しているのかを分析し,それらの関係性を通じて形成された複相ネットワークと,各農家の農業経営との関連性について考察することによって大規模畑作農業の動態を明らかにすることとした.
対象地域では農業経営の大規模化が進展し,多様な作物が販売目的に生産されていた.さらに小麦などの政府買い上げが優勢を占める作物と,豆類やバレイショなど商社への流通もみられる作物が組み合わされて生産され,農業生産活動が,全農家の経済活動の根幹をなす役割を担っていた.
各農家は個別に農業経営を展開する一方で,集落や地区という枠組みから完全に独立したものとはなっていなかった.とくに小麦の収穫から出荷にかけての作業では,集落や地区といった地縁に基づく入脱退困難な社会関係が基礎となっていた.さらにバレイショの出荷グループは,こうした準拠枠に加えて目的に応じて選択的に形成された「選べる縁」が基盤となって運営されていた.こうして形成されたネットワークは各農家の農業経営方針に沿って多様な広がり方をみせ,農業経営に多様な影響を与えていた.
キーワード 主体間関係,ネットワーク,社会集団,共同作業,十勝平野
過疎地域の就業者変化にみられる格差の要因分析 ― シフトシェア分析における地域特殊効果に着目して ―
…… 井上 希
本研究では,全国の過疎地域における就業者数がどのような要因によって変化し地域差をもたらすのかを明らかにすることを目的として,定量的な分析を行った.まず,シフトシェア分析モデルを用いて時系列的な就業者変化を全国成長効果,産業構造効果,地域特殊効果の3 効果に分解した.次に,重回帰分析を用いて,地域固有の影響により変化する地域特殊効果に結びつく要因を明らかにした.
シフトシェア分析の結果,過疎地域における就業者数は主として地域特殊効果によって変化することが明らかとなった.例外的に1990~95年,1995~2000年の期間は産業構造効果がより影響力を有していた.これは,バブル経済崩壊の影響による景気後退と産業構造の変化が要因となっていると考えられる.
地域特殊効果がいかなる要因によって説明できるかについては,本研究独自の重回帰分析を用いて検証した.ただし,その目的変数には地域特殊効果の次元を無次元化した値を用いた.一方,使用した説明変数は,産業分類に応じた13個の特化係数と全国を11の地域ブロックに分割することによって得られる10個のダミー変数である.本研究では,1970年から2005年までの35年間から抽出した28通りの期間すべてについて上述の重回帰分析を行った.その結果,1985~95年の10年間を対象としたモデルにおいて補正R 2値が約0.55となり,最も説明力の大きいことが確認できた.また,説明力の上位4モデルはすべて1990~95年の5 年間を対象期間に含んでおり,バブル経済崩壊の影響が顕著にあらわれていると推測される.
キーワード 過疎地域,就業者変化,シフトシェア分析モデル,重回帰分析,特化係数
電子部品企業の立地と空間的分業 ― 独立系企業の事例を通じて ―
…… 徳丸 義也
製造業大企業の複数事業所立地においては,最終消費財生産企業を対象とした,立地と空間的分業についての研究が蓄積されている.本研究は,独立系の電子部品サプライヤー企業の複数事業所立地を事例として,空間的分業論や支店立地研究,立地調整の視点から考察した.その結果,国内外の生産拠点においては,顧客企業への近接立地とともに,電子部品の製品セグメント別の分業が,複数の顧客企業に対応する市場圏分割の戦略としてみられた.専門化した領域での工場内のフレキシブルな生産システム採用がされている.電子部品企業の支店立地には,機動的で分散型の傾向がみられる.海外販社・営業所に配置された開発・設計,改良設計機能においては,顧客企業との近接性や接触の利益のための立地指向が明らかになった.また,アジアの支店に配置された機能においては,情報要因と物流の両面からの立地指向が示された.そして,海外生産拠点での立地調整では,新設や現在地での製品転換を通じて,工場間や現地協力企業との立地集中がみられた.これらは,製品セグメント別の領域を事業ドメインとし,それを軸として,規模の経済とともに個別の製品のライフサイクルや需要変動に対応するフレキシブルな生産システムという,一般には相反する機能としての立地調整が明らかになった.
キーワード 空間的分業,近接性,市場圏,規模の経済,フレキシビリティ
第4 回日韓経済地理学シンポジウム ― 日韓の地域発展の新たな地平 ―
…… 日韓経済地理学シンポジウム実行委員会
本シンポジウムは,経済地理学会常任幹事会によって企画され,2012年5月20日に,経済地理学会第59回大会におけるラウンドテーブルとして開催された.シンポジウムの進行は,コーディネーターとして金科哲氏と常任幹事会から中川秀一が務め,通訳を張厚殷氏が担当した.韓国経済地理学会会長の基調講演をはじめに,以下の5 報告が行われた.懇親会,巡検の実施に至るまで,報告者や先回の日韓経済地理学シンポジウム報告者各位の協力を得て,活発な研究交流がなされた.
キーワード 地域格差,地域開発政策,ジオパーク,日韓比較
『役に立つ地理学』富樫書評に応えて
…… 伊藤修一・有馬貴之・駒木伸比古・林 琢也・鈴木晃志郎
本稿は,富樫幸一氏による『役に立つ地理学』の書評(本誌58巻3 号掲載)への返答文である.地理学者の有する地域課題解決のための知見やノウハウは,学部学科改組に伴って学際的な研究領域に身を置くことになった研究者たちによって,個別に蓄積された経験知の色合いが濃い.こうした経験知や深い見識を体系化しようとする動きが乏しいところに,現在の地理学が抱えるひとつの弱点があるように思われる.より豊かな経験知と深い見識をもつ中堅やベテランの地理学者から,地理学のレゾンデートルや貢献可能性について多方面から論じ,地理学の外に向けて情報発信する機運が高まったとき,地理学は他分野からも『役に立つ地理学』として認知されるようになるだろう.
キーワード 協働,地域貢献,経験知,アイデンティティ,地理学のレゾンデートル