第57巻 第3号

経済地理学年報 Vol.57 No.3

■ 論説

1980 年代におけるBennett, R. J. の研究の展開とその批判 ― 財政地理学・行政地理学の一つの探求 ―
 …… 梶田 真 1(181)

■ 研究ノート

静岡におけるプラモデル産業の分業構造と集積メカニズム
 …… 山本健太 23(203)

地方開催型見本市における主体間の関係性構築 ─諏訪圏工業メッセを事例として─
 …… 與倉 豊 41(221)

■ フォーラム

東日本大震災の復旧・復興と経済地理学の課題
 …… 山川充夫・加藤恵正・横山貴史・小山良太・末吉健治・土屋 純・千葉昭彦・柳井雅也 59(239)

■ 書評

青野壽彦著『下請機械工業の集積―首都圏周辺における形成と構造―』
 …… 末吉健治 72(252)

■ 学会記事

 …… 77(257)

要旨

1980 年代におけるBennett, R. J. の研究の展開とその批判 ― 財政地理学・行政地理学の一つの探求 ―
 …… 梶田 真

 本稿は,1980年代に政策科学的な方向性の下で財政地理学および行政地理学を展開したBennettの研究とこれに対する地理学者からの批判を跡づけ,その含意を検討する.1980年代に,Bennettは地理学,特に,計量地理学が公共政策に対して大きな貢献をなし得る分野として財政地理学を展開する. Bennett の財政地理学に対しては,その社会的重要性・先駆性が評価される一方で,政策科学的手法,特に規範的財政学をいささか無批判に援用し,規範の意味の検討や自らの理論的立場の提示が欠けている点が批判される.1980年代後半に入ると,Bennettは,行財政問題に関する国際比較研究や政治的分析によって,行財政問題に対する政治・社会・歴史など様々な文脈性の重要性を認識するようになる.しかし,Bennettは,1990年代に入ると財政地理学・行政地理学から離れてしまい,彼自身の手によって規範の意味や文脈性を考慮した計量的な財政地理学・行財地理学が確立されることはなかった.

キーワード Bennett, R. J., 財政地理学,行政地理学,計量地理学,規範


静岡におけるプラモデル産業の分業構造と集積メカニズム
 …… 山本健太

 本研究は,静岡のプラモデル製造企業を取り上げ,各社資料および聞き取り調査の結果から,技術獲得の経緯および協力企業との分業構造の特性を示すことで,静岡市を中心とする当該産業企業の集積メカニズムを明らかにしたものである.

 プラモデル製造企業は,設立年や進出時期,技術獲得の経緯の違いから,転換企業,進出企業,新興企業に分類できる.また,これら企業の分業構造は,センター型(転換企業,新興企業)とネットワーク型(進出企業)に分類できる.

 センター型の分業構造のもとでは,金型や品質の管理が容易である.ネットワーク型の分業構造のもとでは,短時間での多種多量の製品の製造が可能である.また,自社と取引先のみならず,取引先企業間の近接性も求められる.いずれの分業構造の企業であっても,物流を伴う取引の多さから,近接性が求められている.

 さらに,プラモデル製造企業は,地元の取引先の多くと,企業設立以前から顔馴染みであったり,設立時から取引を継続していたりする.プラモデル製造企業の分業構造を支えているものは,顔の見える相手との信頼関係である.このような静岡に埋め込まれた取引関係もまた,静岡におけるプラモデル製造企業の集積を促している.

キーワード 産業集積,分業構造,技術獲得,静岡,プラモデル


地方開催型見本市における主体間の関係性構築 ─諏訪圏工業メッセを事例として─
 …… 與倉 豊

 本稿では,地方の産業集積地域で開催される見本市(地方開催型見本市)に着目し,見本市の参加主体である出展者および来場者の多様な関係性構築の状況について検討した.見本市のような,非日常的に主体が集合する経済的現象は,暫定的クラスターと呼ばれ,イノベーションに繋がる知識や情報の獲得の面で注目されている.事例とした諏訪圏工業メッセは諏訪地域内の精密微細加工技術を有した企業が多く参加する見本市である.2002年の初開催以来,開催規模は順調に拡大しており,諏訪地域内の企業にとって重要なイベントとして認識されつつある.出展者が見本市に参加する目的には,新規取引先の獲得,自社の知名度の向上,来場者・出展者との情報交換などがある.特に諏訪地域内の十分な営業力を有していない中小企業は,見本市の役割を重視している.彼らは既存の取引先を招待し接待を行うなど,見本市を長期的な受注関係・信頼関係の構築の機会としても利用している.

 さらに,商社機能を有した企業や,海外との販路開拓に成功した企業によって,域外の市場の情報やニーズが諏訪地域内に導入されうる点も見本市の利点である.このように見本市で得られた域外市場の情報や知識が,産業集積内の勉強会や研究会などの水平的関係性を通じて,域内企業に波及されることにより,産業集積のグレードアップの可能性が考えられる.

キーワード 暫定的クラスター,産業集積,関係性,見本市,諏訪地域


東日本大震災の復旧・復興と経済地理学の課題
 …… 山川充夫・加藤恵正・横山貴史・小山良太・末吉健治・土屋 純・千葉昭彦・柳井雅也

 2011年3月11日に発生した東日本大震災は,未曾有の被害を東日本各地にもたらした.とりわけ岩手,宮城,福島の三県は被害が甚大で,負の影響は計り知れなく大きく深い.

 経済地理学会としても被災地域の再生と復活の方向を示すことが重要と考え,5月22日に国士舘大学世田谷キャンパス梅ヶ丘校舎にて開催された大会で緊急シンポジウムを開催することにした.シンポジウムでは,阪神淡路地震の経験や東北の被災状況が7 名から報告され,多面的な視点から復旧・復興の在り方について議論した.いまだ続く被災地の厳しい現状に対し,経済地理学は何ができるのか。何をなすべきか。何を議論し続けなければならないのかが,鋭く問われる場となった。なお、シンポジウムのオーガナイザーは山川充夫会長と柳井雅也が務めた。

キーワード 東日本大震災,津波,福島第一原子力発電所事故,避難所,サプライチェーンマネジメント

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