第57巻 第2号
経済地理学年報 Vol.57 No.2
■ 論説
集団学習におけるリテラシーの実践と地域アイデンティティの徹底化 ― 大阪市生野・東成区異業種交流会「フォーラム・アイ」を事例に―
…… 杉山武志 1(105)
三重県における地域成長構造の計量分析 ― シフトシェア回帰アプローチ―
…… 河上 哲・山田恵里・鹿嶋 洋 22(126)
■ フォーラム
今日の山村問題と経済地理学の課題 ― 2010 年度松本地域大会報告―
…… 松本地域大会実行委員会 46(150)
■ 書評
近畿都市学会編 『21 世紀の都市像─地域を活かすまちづくり─』
…… 山川充夫 56(160)
高柳長直・川久保篤志・中川秀一・宮地忠幸編 『グローバル化に対抗する農林水産業』
…… 口田国光 60(164)
■ 学会記事
…… 63(167)
要旨
集団学習におけるリテラシーの実践と地域アイデンティティの徹底化 ―大阪市生野・東成区異業種交流会「フォーラム・アイ」を事例に―
…… 杉山武志
本稿は,産業集積地域のイノベーションの継起で注目を集める「集団学習」の認知過程についての研究である.特に,認知過程でのアクターによる知識や情報を解釈・評価・発信する能力(リテラシー)の修得と実践が,地域アイデンティティの徹底化によるイノベーション継起の鍵になると論じた.研究対象事例は,大阪市生野・東成区の異業種交流会「フォーラム・アイ(略称FI)」とした.その結果,以下の点が明らかになった.第一は,認知的枠組みとしての集団学習環境が形成されることにより知識や地域アイデンティティの共有が進められたとしても,すぐさまイノベーションに結実しない可能性である.第二は,直接認知の実践が進むに伴い,無数ともいえる地域外部の情報の中から,集団にとって必要となる情報を読解できるようになり,その経験が地域アイデンティティの徹底化と再形成化につながっていた.第三は,集団学習によりイノベーションが継起されるには,地域アイデンティティの共有にとどまらず徹底化されるレベルが求められることである.徹底化を実現するためにFIでは,地域アイデンティティとの対峙を第一に捉えていた.本稿の考察から,知識や情報を解釈・評価・発信するリテラシー能力は,集団学習による地域アイデンティティの徹底化を実現する基礎的役割として重要であり,集団に参加する企業のイノベーションの源泉となっていた.
キーワード 集団学習,産業集積,大阪市生野区・東成区,リテラシー,地域アイデンティティ
三重県における地域成長構造の計量分析 ―シフトシェア回帰アプローチ―
…… 河上 哲・山田恵里・鹿嶋 洋
本稿では三重県域を対象とし,産業構成や地域産業の生産性が相互に作用する多様な成長パターンの地域的差異が,どのような要因によって決定づけられるのかについて実証分析を行った.その際,成長要因としてⅰ)国家効果,ⅱ)産業構成効果,ⅲ)地域差異効果,ⅳ)地域集積効果を考慮するシフトシェア回帰モデルを構築し応用した.当モデルの利点は,地域成長へ影響を及ぼす各効果を統計的に検定可能であること,詳細な分析単位地区にもとづいて成長の地域的差異を把握できること,の二点にある.
分析結果より,第一に,成長トレンドにある産業の誘致政策は,産業集積を含む地域の比較優位によって産業の生産性増大が期待できる三重県北部から中部地域において効果を上げたものの,生産環境が伴わない南部地域ではほとんど機能していなかった.結果的に県内の地域間格差は拡大した.第二に,産業構成効果によるモデル説明力が増大しつつあることが分かった.このことは,製造業を中心とする産業の全国的な雇用情勢を反映しており,製造業のシェア拡大を伴いながら地域産業の生産性が増大した都市部でも,近年では厳しい成長構造に直面しつつある.第三に,地域差異効果と地域集積効果には,行政区域を超えたスピルオーバーが生じている傾向が観察された.成長構造の実態に即した広域的な地域レベルのもとで自律的・内発的・持続的発展を図る施策の立案・施行が重要であることが示唆された.
キーワード 地域成長,産業構成,比較優位, 産業集積,シフトシェア回帰モデル
今日の山村問題と経済地理学の課題 ―2010年度松本地域大会報告―
…… 松本地域大会実行委員会
2010年度の地域大会を2010年10月24日~25日に長野県において開催した.24日の信州大学松本キャンパスでのシンポジウム(参加者55名)では,今日の山村問題に対して経済地理学がどのようにアプローチし,問題解決に寄与していくべきかについて,基調講演ならびに農業,林業,観光,経済,水資源の各部門からの報告をもとに,フロアからの意見を交えながら熱心に討論が行われた.翌25日の巡検では,「過疎化に苦悩する水源地域をたずねて」をテーマに,山岳信仰や林業によって発展してきたが,近年ではスキー場開発による負債を抱え,財政再建に取り組んでいる愛知用水水源地の長野県王滝村を訪ねた.あいにくの天候ではあったが,31名の方に参加いただき,熱心に質疑応答がおこなわれた.
キーワード 山村問題,経済的基盤,山村政策,財政再建,水源地域