第56巻 第4号

経済地理学年報 Vol.56 No.4

特集 アジア経済成長のダイナミズムをさぐる

■ 大会報告論文

中国華南,インドシナ地域における労働力移動,交通インフラ整備と発展の分岐,収束
 …… 松尾昌宏 1(197)

アジア産業集積とローカル企業のアップグレード
 ―インドICT 産業の大都市集積の場合―
 …… 鍬塚賢太郎 20(216)

拡大するアジアの消費市場の特性と日本企業の参入課題
 …… 川端基夫 38(234)

バングラデシュにおける21世紀型水環境社会の構築をめざして
 …… 溝口常俊 55(251)

■ 研究ノート

「潜在的廃棄物」としての日本からの中古車輸出の展開
 …… 外川健一・浅妻裕・阿部新 66(262)

■ 書評

石原潤編:『変わり行く 四川』
 …… 中川秀一 84(280)

■ 大会記事

[大会シンポジウム]

アジア経済成長のダイナミズムをさぐる
 …… 大会実行委員会 88(284)

[ラウンドテーブル]

経済地理学の課題を考える ―『経済地理学の成果と課題 第VII 集』刊行を契機にして―
 …… 小田宏信・中川秀一・小俣利男・山田晴通・山本健兒 95(291)

アジア太平洋地域の対日食料輸出の諸相 ―フードレジーム論の視点から―
 …… 後藤拓也・則藤孝志・古関喜之・大呂興平 101(297)

ブロードバンドと地域
 …… 荒井良雄・箸本健二・和田 崇 105(301)

[フロンティアセッション]

 …… 宇根義己・濱田博之・久木元美琴・秦 洋二 108(304)

[大会巡検記録]

福山のオンリーワン・ナンバーワン企業と鞆の浦
 …… 宇根義己 117(313)

■ 学会記事
 …… 119(315)

要旨

中国華南,インドシナ地域における労働力移動,交通インフラ整備と発展の分岐,収束

 …… 松尾昌宏

 今日,アジア地域をはじめとする新興国の発展が著しい.しかし他方でこれらの国でも発展が目覚ましいのは,一部の中核都市に限られ,各国内部には大きな地域間の発展格差が存在する.それでは一般に途上国の発展は,地域間格差の拡大をもたらすのであろうか,それとも縮小をもたらすのであろうか.また,今後発展は周辺地域へと波及していくのであろうか.この点について,『世界開発報告2009』では,一般に地域間格差は経済発展の進行につれ,「まず分岐し,その後収束に向かう」という説を展開している.しかし,各国個別に観察を行うと,こうした分岐・収束のパターンには多様性がみられ,必ずしも各国の発展水準に対応したものとはなっていない.それではこうした多様性は,何によってもたらされたのであろうか.これについて,この論文では,中国華南からインドシナにかけての地域を事例に,各国内部の地域間労働力移動の流動性と,近年この地域で急速に進む陸上交通インフラの整備に着目し,地域間比較をおこなった.その結果,これら地域で中核地域から周辺地域へと発展は確実に波及し拡大大都市圏が形成されつつあること,また遠隔周辺地域においては,発展は空間的に一様にではなく,交通・物流の結節点など特定地域に集中的に起こっていることがわかった.

キーワード 地域間格差,発展の分岐・収束,地域間労働力移動,交通インフラ整備,中国華南・インドシナ地域道州制改革の地域区分と地域格差


アジア産業集積とローカル企業のアップグレード ―インドICT産業の大都市集積の場合―

 …… 鍬塚賢太郎

 輸出指向性に特徴づけられるアジア産業集積について,多国籍企業が形成するリンケージが注目されてきた.本稿では,その役割を認めつつも,ローカル企業が集積外部との関係において獲得する主体的な能力に着目する.そして,インドICT産業集積をとりあげ,その成長メカニズムを,ローカル企業がアップグレードする仕組み,それを可能とする大都市,さらにサービスの輸出形態との関係から説明する.これは国内に十分な市場や技術・知識の蓄積のなかった発展途上国のローカル企業が,「学習」を通じて国際的な競争力を獲得していく過程や条件を検討することでもある.

 インドICT産業集積が示すのは,多国籍企業のみが域外との関係を主導するわけではなく,ローカル企業もサービス輸出を通じて域外との関係を構築していることである.また当該産業集積内において,インド企業は多国籍企業と直接的な取引関係を濃密に形成してこなかった一方で,サービスの輸出形態が変化するなかでインド大都市に形成された「人材のプール」を多国籍企業と共有する.この点において,多様な主体で構成され,域外との重層的な関係を持つインドのICT産業は,大都市との空間的な一体性を持つ.当該プールと各アクターの集積外部との関係とが結びつくことで,ローカル企業のアップグレードが促進されている.

キーワード 産業集積,ローカル企業,学習,アップグレード,ICT サービス


拡大するアジアの消費市場の特性と日本企業の参入課題

 …… 川端基夫

 成長著しいアジアの消費市場には,日本の小売業や外食業のみならず,消費財メーカーの参入が急増しつつある.その背景には,日本での少子高齢化の進行や人口減少によって,日本企業が国内市場に将来性を見出せなくなったことがある.近年の特徴は,消費財メーカーが従来のような現地代理店を介した間接的な市場関与から,自社製品の専売店のチェーン展開といった,より直接的な市場関与に転換していることである.しかしその分,消費財メーカーも小売業と共通する課題,つまりアジアの消費市場の特性の把握と,店舗マネジメントを介した市場戦略の構築という課題に直面している.そこで本稿では,長らくアジア市場に直接関与してきた日本小売業の進出を総括し,どのような困難に直面し,何を学習したのかを整理した.すなわち,アジア市場において日本小売業を苦しめてきたのは,①商品調達の困難とそのコストの高さ,②低価格競争の激しさ,③店舗家賃の高さ,④店舗立地選定の失敗,⑤進出タイミングの悪さといった要因であった.これらはアジアの消費市場の特性をよく反映したものであった.また日本の小売業は,a:所得や嗜好以外の要因の重要性,b:日本とは異なるビジネスモデル構築の必要性,c:市場のモザイク性の把握と立地戦略の重要性,d:各市場に潜む地域暗黙知(市場ごとに暗黙のうちに共有化されている規範感覚や価値観)の理解の重要性,などを学習したのである.これらは,今後アジア市場をめざす多くの日本企業にとって共通の課題になるといえよう.

キーワード 消費市場,小売業,消費財メーカー,市場参入戦略,アジア


バングラデシュにおける21世紀型水環境社会の構築をめざして

溝口常俊

 自然災害の中で洪水被害は洋の東西を問わず毎年のように生じている.世界最大級のガンジス・プラマプトラ川デルタに位置するバングラデシュでは毎年犠牲者を多数だし,日本においても夏季の集中豪雨時の被害は繰り返されている.これはある意味において20世紀の開発至上主義的な水制御の犠牲になったといっても過言ではない.そこで本研究は,バングラデシュを実験的フィールドの地として日欧の洪水経験・対策を活かし,洪水の被害を最小限にくい止める新たな21世紀型水環境社会の構築を目指すことを目的とする.21世紀型水環境社会とは,床下浸水OKという考えで,克水・利水・遊水を念頭におきつつ,洪水と共生して,社会的弱者が犠牲にならない社会である.

キーワード 洪水常襲地域,21世紀型水環境社会,共生,社会的弱者,バングラデシュ


「潜在的廃棄物」としての日本からの中古車輸出の展開

 …… 外川健一・浅妻 裕・阿部 新

近年,日本から大量の中古車が世界中に輸出されている.本論文では,中古品やスクラップ素材等の流通の国際化とそれに伴って形成されたリサイクルネットワークの解明という経済地理学上の新しい研究課題を意識しつつ,日本からの「潜在的廃棄物」といえる中古車の輸出の現状とそのメカニズムについて検討した.具体的には,日本からの中古車輸出に関する歴史的区分を踏まえた上で,中古車輸出の「御三家」といえるロシア・UAE・ニュージーランドにおける流通メカニズムについて,主に統計資料の比較と既存文献,ヒアリングによる情報に基づいて考察した.

 結論として①日本からの中古車輸出先とその流通量については,輸入国側の規制による変動が大きいこと,②流通量をみる上で,日本では自動車が「左側通行」であるが,世界では「左側通行」を基準とする地域が限られていることに留意すべきであること,③輸入先ではその中古車を輸入本国で使用するケースと,あくまでも中継地として中古車を輸出するケースがあることが判明した.

キーワード 国際資源循環,自動車リサイクル,ロシア,アラブ首長国連邦:UAE,ニュージーランド

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