第55巻 第1号
特集 地域政策と交通問題
「地域政策と交通問題」特集の発刊にあたって
・・・ 須田昌弥 1(1)
■ 特集論文
戦後日本における交通問題
-「地域」における課題-
・・・ 須田昌弥 3(3)
地方都市における公共交通の新機軸とその課題
・・・ 土谷敏治 12(12)
中山間地域における公共交通の課題と展望
・・・ 田中耕市 33(33)
交通政策における「地域の視点」
-道路政策を事例にして-
・・・ 加藤一誠 49(49)
■ 論説
産地の制度的認定が促すスペインワイン産業の質的転換
-生産者の事業展開にみる地理的呼称制度の二面性-
・・・ 竹中克行 65(65)
■ 書評
青野壽彦他:『地域産業構造の転換と地域経済-首都周辺 山梨県郡内地域の織物業・機械工業-』
・・・ 加茂浩靖 84(84)
■ 学会記事
・・・ 87(87)
要旨
戦後日本における交通問題
-「地域」における課題-
・・・ 須田昌弥
本論文では,戦後の日本における「交通問題」について,それが各地域においてどのような形態で生じているのかを整理・展望する.
交通問題は各地域において異なっているものの,他方で類型的な問題把握も有効である.交通に関する研究は,しばしば鉄道・自動車(道路)・海運・航空といったモード(交通手段)別になされてきたが,本論文では交通市場における「競争」のあり方に着目し,その差によって交通市場を分類して考察した.
交通を論じる際には常に「地域」との関係を考慮する必要がある.そのような視点は,これからの交通政策においてこそますます重要である.この点において経済地理学は,交通問題についてより大きな貢献を行なう余地がある.
キーワード: 交通サービス,交通市場,交通政策,地域経済,日本
地方都市における公共交通の新機軸とその課題
・・・ 土谷敏治
地方都市において,公共交通の経営が厳しいことは周知の事実である.しかし,近年LRTやコミュニティバスなど,公共交通の新機軸導入が議論され,実際に導入された例もみられる.本稿では.これまでに導入された公共交通の新機軸を概観し,地方都市が抱える公共交通の課題について検討した.その結果,4つの課題が指摘できる.第1に,公共交通を活用したコンパクトなまちづくり,中心市街地活性化のためには,都心部の自動車規制と歩行者空間の整備,トランジットモールの導入が求められる.第2に,各交通機関が適切な輸送力やその機能を発揮できる都市交通システムを構築することが必要である,LRTの場合は,都市の幹線交通と位置づけ,中量輸送機関としての機能を果たさせるとともに,末端部ではバス,自家用車,自転車などと容易に乗り換えできる設備を整備して,これらとの連携を図る.第3に,公共交通の利用を促進する運賃制度を導入することである.ドイツの運輸連合においては,共通運賃制度.環境定期券など.利用者を優遇する制度が整えられているからこそ,自家用車から公共交通への利用者移行が進んだ.第4に,公共交通の新機軸導入決定や既存路線の存廃の議論のためには.乗客数などの利用パターンだけでなく,利用者の利用状況の調査,沿線住民やそれ以外の市民についての公共交通に対する評価や意識調査が不可欠である.
キーワード: 公共交通,LRT,トランジットモール,交通機関の連携,運賃制度
中山間地域における公共交通の課題と展望
・・・ 田中耕市
モータリゼーションに伴う公共交通機関の衰退によって,日本の中山間地域では自家用車を運転しない高齢者の生活利便性が著しく悪化している.おりしも,2001年の補助制度改変と2002年の規制緩和によって,交通事業への参入と撤退の自由度が高まったため,不採算地域における交通サービスの維持方法が問題となっている.
本研究では.中山間地域における公共交通が抱える問題を明らかにして,今後の地域交通手段のあり方について考察した特に,中山間地域の多くがこれまで依存してきた乗合バスと,それに対する代替交通手段に注目した.近年は,自家用車を運転する高齢者の割合も高くなりつつある一方で,高齢者の交通死亡事故も急増しており,公共交通機関の維持が必要である.
規制緩和直後の乗合バスの廃止路線数は予想されたほどではなかったが,JRバスグループを中心に中山間地域からの事業撤退が展開された.また,補助制度の変更に伴って,市町村内で完結する路線の撤退が相次いだ.
乗合バス路線の廃止後には,自治体補助によるコミュニティバスやコミュニティ乗合タクシー等が運行されることも多かった.しかし.コミュニティバス以外にも,デマンド型交通や有償ボランティア輸送等の代替交通の可能性もあり,中山間地域ゆえの地域特性を考慮したうえでの選択が必要である.
自治体の財政は逼迫していることもあり,代替交通は効率的な運営が求められ,運行システムの構築が肝要である.その際には、住民へ提供する交通サービスのシビル・ミニマムをどこまでに設定すべきかの自治体判断も深く関連する.自治体は事前に地域住民の二一ズとその特性を把握する必要がある一方で,地域住民も自ら代替交通の計画段階から参画することが,代替交通サービスの成功への鍵となる.しかし,将来的には,人口密度のさらなる低下から,交通サービスのシビル・ミニマムに関する問題の再燃は避けられない.各自治体と無住化危倶集落の住民との相互理解が重要である.
キーワード: 中山間地域,公共交通,高齢者,バス,シビル・ミニマム
交通政策における「地域の視点」
-道路政策を事例にして-
・・・ 加藤一誠
本稿では,日本の道路政策を計画と財源の2つの面から論じ,地域の考え方や地域政策との関係について分析する,
第二次大戦後の日本の道路政策には,道路整備5箇年計画,有料道路制度および道路特定財源という3つの特徴がある.道路計画においては5年ごとの事業量が決定されていたが,急激なモータリゼーションに加えて,経済計画や地域政策との整合性を保つために改定が繰り返されたこの過程で人口希薄地域にも道路がつくられた.
他方,道路特定財源は日本全体で受益と負担を一致させる制度であるが,地域的なそれらの一致は考慮されていない.なぜなら,道路の建設段階では資金の地域間内部補助(地域問所得移転)が是認されるからであり,このことは道路がネットワークを形成してより大きな効果を発するという性質に起因している.
1980年代に維持管理の時代を迎えたアメリカでは,州問の受益と負担を一致させる方向で調整がすすめられてきた.近年,日本でも地域間内部補助が配分の不透明さととらえられるようになった.今後,道路の維持管理費が必要なことは自明であり,そのためには地域的に受益と負担をある程度一致させる必要がある.そこで,道州制の地域区分を用いて日本における地域的な道路財源の負担と受益の変遷を明らかにし,今後の道路政策に対する提言を行う.
キーワード: 道路計画,道路財源地域配分,地域間内部補助,費用負担
産地の制度的認定が促すスペインワイン産業の質的転換
-生産者の事業展開にみる地理的呼称制度の二面性-
・・・ 竹中克行
世界有数のワイン生産国スペインは,1980年代以降,EU(EC)共通農業政策による生産制限や新大陸産ワインとの競争といった新たな状況の中で,高品質化と製品の差別化による販路拡大を模索してきた,本稿では,そうしたワイン産業の質的転換に地理的呼称制度が果たした役割について,小規模な原産地呼称が多数成立したカタルーニャ自治州の場合に即して検討したまず,地理的呼称制度の中で,呼称保護や品質管理といった保証の側面に焦点を当て,同自治州の12の原産地呼称に関する分析を行った結果産地のイメージや風味の違いを競争資源とする付加価値の創出に一定の効果を与えたことが明らかになった.他方,地理的呼称制度による生産地域画定は,大規模生産者の事業展開にとってはしばしば制約要因となるので,そうした規制の側面についても,代表的な大手生産者を事例として分析した.その結果,大規模生産者は,保証・規制のレベルを異にする地理的呼称の複数のカテゴリを併用したり,複数の原産地呼称に生産拠点をつくるなどの方法で,生産地域画定による縛りを巧みに回避しつつ,付加価値の向上にかかわる地理的呼称制度の利点をいかしていることが判明した.
キーワード: ワイン産業,地理的呼称,特定地域産良質ワイン,テーブルワイン,スペイン